aamall

December 16, 2011

魔法使いの夜体験版/感想

 雑誌「TYPE-MOONエースvol.7」にて発表された『魔法使いの夜』体験版の感想です。
 ネタバレで書いてますのでまだ未プレイの方は注意です。

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 それは「魔術と現代社会」でもいいし、「森と文明」でもいいのだけれど、共通して右側に来る一つのキーワードは「資本(主義)」だと思いました。

 舞台の80年代末というのは、僕自身も幼少時にタイムリーに経験しているのだけど、資本の高騰としてのバブルが終わって、時代が黄昏に入っていく辺り。「回転寿司屋ができた」とか「コンビニでバイト」とか、資本主義文明の新たな開闢が進行形で進みながら、ある種の喪失や断絶が背後につきまとっている独特の雰囲気。これは、『空の境界』で90年代の廃墟ビル(バブル崩壊後に取り残された)が印象的に使われていた頃から、個人的に奈須きのこ作品に感じていた部分です。もう少し踏み込んで言えば、Fateのアンリマユの概念とか、「Fate/hollow ataraxia」内のアンリの台詞など、資本主義文明に一言もの申したい的な要素は、かなりの奈須作品の根底に流れ続けているようにも思う。今年のウォールストリートデモまで娯楽作品に結びつけようとは思わないけど、どういう訳か奇しくも時代的なタイミングで世に出ることになりそうな作品。

 劇中で資本主義現代文明の象徴のごとき大量生産品としてのテレビをめぐる議論が既に青子と有珠の間でなされているのが、体験版の中だけでも出てくるのだけど、どうしてもそこに古き魔女として純化を保とうとする有珠と、より現代に適応しながら生きていこうとする青子の二ヒロインのあり方を重ねざるを得ない。そこに、文字通り「森(文明以前)」から出て来た草十郎が関わっていくのだから、ますます話は資本について何かを感じてしまうような設定に満ちている。極論すれば、ここまで読んだ所で、青子がいなくて有珠と草十郎だけだったら、文明とかいいよ、古きに帰ろうよ、で終わってしまいそうな作品なのかもしれない(笑)。

 しかし、もちろんこの作品は資本主義批判・新しいもの批判、みたいな単純なイデオロギーっぽい作品ではない。青子は回転寿司屋を興味津々に視察に行き、魔術師でありながら学生、しかも生徒会長であるというキャパ的に苦しい二重の生き方を、あえて凛として飄々として重ねていく(80年代後半の「学校」が、今から考えてもおどろくほど学力による競争主義的な、資本社会の縮図になっていたのも指摘したい。この点は、奈須さん自身が影響を受けた作家にあげる氷室冴子さんの、僕が勝手に青子に重なる所があると思っているヒロイン(数子)が出てくる『雑居時代』などに描かれている)。そのどっちつかずのあり方を体験版の中だけでも有珠に指弾されそうになる場面などがありつつも、なんやかやと、強きを認めつつ、弱者を捨てきれないまま生きていく。流麗なオープニングは音楽とCGだけで溜息が出るけれど、館(森の側にある)から学校までの青子の登校風景、しかも淡い雨が降っている……というのは、それだけで作品の何かをかなりの程度表現しているのだと思う。

 そして、古きと新しさのシーソーゲームではない謎の融合は、一歩引いた視点から作品全体のコンセプトにも見て取れる。

 古き良さは80年代のジュブナイル小説と伝奇小説のテイストであり、新しきは、最新の技術で作られている、という点である。

 ぶっちゃけ、「小説でいいじゃん」という批評が今から頻出することが予想される作品のように思う。けど、やはり敢えて最新のスペックのPCにインストールして味わうADV形式だからこその作品なんだ、という矜持が、圧倒的な未知数を残しながら、既に体験版からは感じられる。基本、素材とスクリプトだけで表現しているというあのシーンやこのシーン、いったいどういうことなの感が満載の体験でありました。これが、紙芝居(古き)でありながら最新、という、表現最前線なのか……と、もう何回目かの溜息。

 80年代、氷室冴子文脈、奈須文体(勝手に泉鏡花あたりからの系譜ではないかと思ってる)、そして青子可愛いよ、青子、と、人生上稀なくらいリリース前から期待してる作品。大人しく来年の春を待ちたいと思います。

魔法使いの夜 初回版 (Amazon.co.jpオリジナル特典ポストカード付)
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